家と住宅ローンの扱いは、離婚届を出したあとも何年も続く約束になりがちです。口約束のままだと、数年後に記憶が食い違っても確かめる手段がありません。
この記事では、日本公証人連合会の解説と民法・民事執行法の条文をもとに、離婚協議書に家のことで書いておく項目、公正証書の作り方、公正証書で強制執行ができる範囲を整理します。
離婚協議書と公正証書はどう違うか
離婚協議書は、夫婦が話し合って決めた内容を自分たちで書面にしたものです。これに対して公正証書は、本人などからの依頼を受けて、公務員である公証人が作る公文書です。日本公証人連合会は、公正証書には文書が正しく作られたという強い推定が働き、反証がない限り完全な証拠力があると説明しています。
離婚に関する公正証書は、財産の給付を書くことが多いため「離婚給付等契約公正証書」とも呼ばれます。同連合会が挙げる主な条項は、離婚の合意、親権者の定め、養育費、面会交流、慰謝料、財産分与、住所変更などの通知義務、清算条項、強制執行認諾の9つで、このうち必要なものを選んで条項にします。
| 離婚協議書 | 公正証書 | |
|---|---|---|
| 作る人 | 夫婦が自分たちで作る | 公証人が当事者の依頼を受けて作る |
| 文書の性質 | 私的な書面 | 公文書 |
| お金の支払いが止まったとき | そのままでは強制執行の根拠にならない(民事執行法22条の債務名義に挙がっていない) | 金銭の一定額の支払いと強制執行認諾の文言があれば、裁判を経ずに強制執行を申し立てられる |
| 費用 | 公証人の手数料はかからない | 公証人手数料令で決まった手数料 |
出典:日本公証人連合会「公正証書」「離婚」、e-Gov法令検索「民事執行法」第22条(確認日 2026-10-19)
家と住宅ローンについて書いておきたい5つの項目
家の取り決めは「どちらのものにするか」の一行で終わらせず、時間がたってから起こりうることまで決めておくと、読み返したときに迷いません。書面に残したい項目は次の5つです。
| 項目 | 決めておく中身の例 |
|---|---|
| ① 誰が住むか | 住む人、住み続ける期間、退去する時期やその条件 |
| ② 誰が払うか | 住宅ローンの毎月の返済、固定資産税、マンションなら管理費・修繕積立金をそれぞれ誰が負担するか |
| ③ 名義をいつ移すか | 所有権を移す時期(離婚時か、ローン完済後か)と、登記の費用をどちらが持つか |
| ④ 売るときの分け方 | 将来売る場合に誰の同意で売るか、売却代金からローン残高や費用を引いた残りをどう分けるか |
| ⑤ 支払いが止まったとき | 返済が遅れたときの連絡方法、立て替えた分の精算、家を売るかどうかを話し合う時期 |
住む人と名義人が違うときは特に細かく
日本公証人連合会は、夫名義でローンを組んだ自宅に妻と子が住み続ける例を挙げています。夫が払い続けると約束していても、支払いが止まれば、妻は自分で返済するか、できなければ自宅を失うおそれがあります。公証人はこうした事情をよく聴いて条項を考えるとしています。
名義の移し替えをローン完済後にする場合の対策として、同連合会は離婚時に所有権移転請求権保全の仮登記をしておく方法を挙げています。登記の手続きは司法書士や法務局で確かめてください。
連絡先の変更と清算条項
支払いが何年も続くなら、住所や勤務先の変更を知らせ合う条項も役に立ちます。相手に住所を知られたくない事情があるときは、公証人に書き方を相談するよう同連合会は案内しています。清算条項(書面に書いたこと以外に債権債務はないと確認する条項)を入れるなら、家とローンの取り決めが漏れていないか読み直しておきましょう。
協議書に書いても住宅ローンの契約は変わらない
見落としやすいのが、住宅ローンは夫婦と金融機関との契約だという点です。夫婦の間で「今後は妻が返済する」と決めても、金融機関に対する借り手は入れ替わりません。民法472条は、債務を別の人に引き受けさせて元の債務者が抜ける「免責的債務引受」について、債権者の関与(債権者との契約、または債権者の承諾)を要件にしています。
さらに日本公証人連合会によると、金融機関は債務者が無断で自宅の名義を変えた場合に、ローンの期限の利益を失わせる(残りを一括で返す必要が出る)約款を定めているのが通常です。名義の移し替えを予定するなら事前の承諾が必要で、承諾されないことが多いようだとも説明しています。文面を固める前にローン契約書の条項を金融機関に確かめておくと、実行できない約束を書かずに済みます。
公正証書の作り方
- 2人で取り決めの中身を決め、メモにまとめる(公証人は合意を書面にする立場なので、金額などは当事者が決める)
- 近くの公証役場に連絡して相談する(公証業務に関する相談は無料)
- 書類をそろえる:本人確認資料、戸籍謄本、家を財産分与で移す場合は不動産の登記事項証明書と、固定資産税納税通知書または固定資産評価証明書
- 公証人が作った案を確認し、作成日に内容を確かめて署名する
- 手数料を支払い、正本・謄本を受け取る
2025年10月1日の公証人法改正で、公正証書は原則として電子データ(PDF形式)で作られ、署名は電子サインになりました。条件を満たせばウェブ会議で作成する方法(リモート方式)も使えます。
手数料は公証人手数料令で目的の価額に応じて決まり、たとえば1,000万円を超え3,000万円以下なら26,000円です。取り決めが複数あるときは原則ごとに計算して合計するため、金額は公証役場で確かめてください。
強制執行ができるのは「お金の支払い」の約束だけ
公正証書の特徴は、裁判を経ずに強制執行を申し立てられる場合があることです。民事執行法22条5号は、金銭の一定の額の支払いなどを目的とする請求について公証人が作った公正証書で、債務者がただちに強制執行に服する旨の陳述が記載されたもの(執行証書)を、強制執行の根拠になる「債務名義」の一つにしています。
一方で、日本公証人連合会は金銭以外の財産の給付については、公正証書によって強制執行することはできないと明記しています。家に関する約束に当てはめると、次のように分かれます。
| 約束の例 | 公正証書による強制執行 |
|---|---|
| 代償金を毎月○万円ずつ相手に払う | 金額が決まった金銭の支払いで、強制執行認諾の文言があれば対象になる |
| 家の所有権を相手に移す | 金銭以外の給付なので対象外(守られないときは訴訟などの手続きが別に要る) |
| 期限までに家から退去する | 金銭の支払いではないので対象外 |
出典:e-Gov法令検索「民事執行法」第22条第5号、日本公証人連合会「離婚」Q26(確認日 2026-10-19)
実際に強制執行を申し立てるには、公正証書を作った公証人から執行文を付けてもらい、執行文の付いた正本と、謄本の送達証明書を裁判所に出すのが原則です。住宅ローンの返済のように相手に直接払うのではない約束をどう書くかは、公証人と相談して決めましょう。
よくある質問
成立しません。日本公証人連合会によると、協議離婚は離婚届が受理されて初めて効力が生じ、公正証書を作っただけでは離婚の効力は発生しません。
できません。公正証書で強制執行できるのは金銭の一定額の支払いなどに限られ、所有権の移転のような金銭以外の給付は対象外です。守られない場合の手続きは弁護士に相談してください。
公正証書は当事者の合意を書面にするものなので、分け方や金額を公証人が決めることはありません。ただし住宅ローン付きの家の分与は問題が起こりやすいとして、同連合会は公証人への相談を勧めています。
まとめ
参考にした資料
- 日本公証人連合会「公証事務 7 離婚」(Q2・Q3・Q17・Q22〜Q24・Q26)
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow07(確認日 2026-10-19) - 日本公証人連合会「公証事務 1 公正証書」(Q1・Q4〜Q7)
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow01(確認日 2026-10-19) - 日本公証人連合会「公証事務 11 必要書類」(Q4)
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow11(確認日 2026-10-19) - 日本公証人連合会「公証事務 12 手数料」
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow12(確認日 2026-10-19) - 日本公証人連合会「公証事務 13 執行文付与申立て」
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow13(確認日 2026-10-19) - e-Gov法令検索「民事執行法」(昭和54年法律第4号)第22条
https://laws.e-gov.go.jp/law/354AC0000000004(確認日 2026-10-19) - e-Gov法令検索「民法」(明治29年法律第89号)第472条・第768条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日 2026-10-19)

